産直活動の始まりから、未来へ 志を継ぐ ー1980年代ー

食の安全と農業の未来を守る

1981年、田尻農協(現・JAみどりの)との産直がスタートした。中心にいたのが、佐々木陽悦さんや池上武さんなど初期産直活動のリーダーたちだ。食の安全に対する不安が高まり、農業と農村が疲弊していくなかで、生産者も生協も産直に将来への活路を見いだそうと言う意欲にあふれていた。メンバーの熱意と行動力を支えに、農薬問題や組織間提携など幾つもの高いハードルを乗り越えていった。先例のない産直活動。自覚はなかったが、それは日本の産直活動の原型をつくる運動でもあった。

第1回
産直縁結びのキーワード「食の安全」

佐々木陽悦さん

JAみどりの理事
佐々木陽悦さん

JAみどりの理事。“田尻にこの人あり”と全国から注目される農業人。農薬問題や産直生産者の拡大に奔走し、みやぎの産直の基礎を築いた。

池上 武さん

みやぎ生協元理事
池上 武さん

80年代は農協との提携・産直ネットワークの確立に力を注ぎ、今日の基盤をつくった。

佐々木

 産直について、田尻の生産者がみやぎ生協と最初に正式の協議を持ったのは、1981年の4月24日です。
 私たちが所属する大崎地区農協青年部は、1970年代後半から生協の組合員さんたちと、米価運動や農産物の輸入反対運動などで一緒に行動していました。当時はまだ県民生協で合併前でしたから、みやぎ生協誕生以前の話です。
 そのなかで私たちは、自分たちのつくった野菜を食べてくれる消費者グループを独自に組織しようと考えていました。農薬を使わない自給用だったので、安全で味はよくても市場には出荷できなかったからです。
 一方で、生協の人たちは安全な農産物を求めていました。消費者と連携するなら生協がいい、ということになり、産直について話し合うことになったわけです。
 だから私たちにとって産直は、「事業」というより、日本の農業を守る一連の運動の延長線上で始めた運動という気持ちが強かったですね。

池上

 「食の安全」というのが互いを結びつけるキーワードだった。
 70年代前半は、生産者も消費者も「食の安全」を求める方法や行動が分からなかった。だけど「食の安全」を守るために何かしなければという思いは、共通していたんだ。

(続きます)

目次

第1回
産直縁結びのキーワード「食の安全」
第2回
食の安全が壊される! 不安と危機感
第3回
組合員のパワーに支えられた産直
第4回
店舗建設予定地での産直市
第5回
産直野菜・果物、トラック立ち寄り作戦
第6回
農薬の危険性から暮らしを守れ
第7回
食管法はあっても、安全なお米がほしい
第8回
決して後戻りさせないという3つの約束
第9回
宮城は協同組合間協同でやるべき
第10回
農業の未来をともに考える
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