産直活動の始まりから、未来へ 志を継ぐ ー1980年代ー

食の安全と農業の未来を守る

1981年、田尻農協(現・JAみどりの)との産直がスタートした。中心にいたのが、佐々木陽悦さんや池上武さんなど初期産直活動のリーダーたちだ。食の安全に対する不安が高まり、農業と農村が疲弊していくなかで、生産者も生協も産直に将来への活路を見いだそうと言う意欲にあふれていた。メンバーの熱意と行動力を支えに、農薬問題や組織間提携など幾つもの高いハードルを乗り越えていった。先例のない産直活動。自覚はなかったが、それは日本の産直活動の原型をつくる運動でもあった。

第10回
農業の未来をともに考える

池上

 吉田寛一先生が言ってたんだけど、食料は天の恵み。太陽の光からモノをつくる。機械のスピードを上げたらたくさん生産できる工業品とはワケが違う。その根本のところを分かってないとダメだと。
 それと、農家は自給自足していくために30種類の野菜をつくりましょう。余った農産物は分けよう。それが産直の原点なんだとも言っていた。

87年、「米・食管制度についての共同見解」発表

87年、「米・食管制度についての共同見解」発表

佐々木

 そうですね、自給自足の延長線上に産直があると、農家も一番経営的に安定するんです。
 ただね、実際の話、いまの農業の状況は厳しい。このままだと経営を維持できなくなる。そういう農家が増えている。

池上

 今のまま何も手をつけずにいれば、農業が崩壊していくのは間違いない。ただ、希望を失っちゃいけないんだろうな。
 先日、JAみやぎ登米組合長の阿部長寿さんの話を聞いたんだ。阿部さんは農業の未来に確信を持っている人なんだよ。彼が言うのは、「必ず農業は、日本を救うときが来るだろう」ということ。「一番いけないのは土地を売ってしまうことだ。土地を荒らすことなく、みんなでしっかり守っていけば農業を見直す日がくる」。みんな感激して聞いていた。
 僕らも、産直を続けてきたから日本の農業問題について考えを深めることができた。それは職員としても、ひとりの人間としても大きな財産だよね。

田尻の産直米生産者

田尻の産直米生産者

目次

第1回
産直縁結びのキーワード「食の安全」
第2回
食の安全が壊される! 不安と危機感
第3回
組合員のパワーに支えられた産直
第4回
店舗建設予定地での産直市
第5回
産直野菜・果物、トラック立ち寄り作戦
第6回
農薬の危険性から暮らしを守れ
第7回
食管法はあっても、安全なお米がほしい
第8回
決して後戻りさせないという3つの約束
第9回
宮城は協同組合間協同でやるべき
第10回
農業の未来をともに考える
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